Tour of Japan 2026 REPORT
66/76

Tour of Japan 2026TOJ2006年、南信州ステージを走る福島晋一氏(左)と現シマノレーシング監督の野寺秀徳氏(右)TOJ2004年東京ステージで個人総合優勝を決め、両手を挙げる福島晋一氏TOJ2004 の福島晋一氏佐藤 健飯田市長とオリンピックイヤーの2004年は、4月に選考レースがありました。チームメイトの田代選手が優勝しましたが私は代表落ちで。その時に浅田監督が「TOJ は福島が勝ちますから取材してください」ってメディアに言って。TOJ初日にすごく強い外国人選手がいることを把握して、まだこちらをマークしてくる感じでもなかったので、先手を打とうと第2ステージで廣瀬(敏)選手と別府(匠)選手と逃げたんです。直前の北海道で勝っていた廣瀬選手をマークしていたんですが、別府選手がすごく強かった。私はステージ2位、総合でも2秒差の2位になりました。その後も逆転を狙いながら走りましたが、修善寺では逆転どころか別府選手についていくのがやっと。でも最後まであきらめたくなくて、(最終日の前日だった)宇都宮ステージで序盤からアタックしたんです。強い外国人選手も一緒に逃げに乗ったので、別府選手は愛三工業のチームを総動員して追いかけてきた。でも疲弊していたんでしょう、そこでカウンターで反撃して逆に差を稼ぎました。一緒にいた田代選手がアシストしてくれて、ステージこそ外国人選手が勝ちましたが、自分がリーダージャージを獲り、東京ステージもチームのみんなでコントロールして総合優勝ができました。日本人だけのチームで、勝ち切れたんです。後日、総合2位の選手がドーピングで結果を剥奪されましたが、私たちはドーピングしている選手に勝ったんです(笑)。飯田のコースって登りはしっかりきついですし、下りは下りでテクニックが要求されるハイスピードなもの。ヘアピンコーナーの立ち上がりは少し登っていて、これもまた非常にきつい。難易度は高いと思います。下久堅小学校前をスタート/フィニッシュ地点にしたことでレースの最初から終わりまで観られるようになりました。地元の方々が焼き肉をしながら観戦したり、みんながそれぞれにレースを楽しんでいて、そういった雰囲気も含めて、私としてはワンデイのクラシックレースになるくらい素晴らしいコースだと思います。農業を主産業の1つとするこの地域ですから、最初は抵抗があるんですよね、道路を遮断する自転車レースを迎え入れることに。ただ、下久堅地域は最初から寛容に受け入れてくださいました。さらにこうして回数を重ねていくことによって、地域の方々の自転車に対する興味が増してきていて、すごく盛り上がってきています。コロナで一度中断になったときに、地域から「TOJがないと寂しいな」「ぜひまたやってくれ」という声があったおかげで続けられています。そういう意味ではこの地域には本当の自転車熱がありますね。縁あって2007年に飯田(長野県)に引っ越しました。それからは地元ですからTOJでは毎年南信州ステージを狙って走っていました。一番優勝に近づいたのは2010年。最終ストレートまで香港の選手と2人で逃げていたんです。僕が地元で勝ちたがっているのをみんな知っている中をうまく抜けだせたのに、確実に勝とうという思いが強すぎて、残り1kmから後ろについたら、フィニッシュ手前50mで後ろから来たグループに抜かれてしまって……今でもあの直線を通ると思いだします。あの時は飯田の登りを一番下から上まで全開で行きましたよ。人生で一番速くあの坂を登ったと思います(笑)。Special Interviewあの日の頂点から、次の世代へ。勝者から、未来を創る南信州ステージはその翌年の2005年大会から加わりました。選手として走られた思い出はありますか?長らく日本唯一のTOJ総合優勝者でしたが、優勝した2004年大会のことを教えてください。そんなたくさんの思い出のある信州飯田ステージの実行委員長に今年就任されました、その想いを聞かせてください。6 6大鹿・信州飯田ステージ実行委員長 福島晋一氏 インタビュー 〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉

元のページ  ../index.html#66

このブックを見る